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和田毅のメジャーの成績は?ストレートがすごい!出身中学高校も

和田毅のメジャーの成績は?ストレートがすごい!出身中学高校も

2016年のシーズンも終わり野球界はストーブリーグが熱い季節になってきています。
今季リーグ2位という結果に終わった福岡ソフトバンクホークスも2017年リーグ奪還のため補強に動いており、ドラフト会議では大学BIG3の創価大学・田中正義選手を見事引き当て、またFAでは日本ハムの陽岱鋼選手獲得の噂が流れたりする一方で、中継ぎ左腕・森福允彦投手がFA権を行使したりと今年も新天地に行く選手や入団してくる選手とシーズンオフも目を離せない状況が続いています。

特に投手陣ではドラフト1位で入団した田中正義選手が即戦力投手として1年目から先発ローテに入れるか注目が集まるでしょうし、今シーズン先発を任された投手も田中投手に取って代わられる可能性もあるので競争がさらに激しくなりそうですね。

そんな中今季、日本球界に帰ってきていきなり15勝で最多勝投手となった和田毅選手には来季も先発ローテの一角として活躍が期待されます。
そこで今回はメジャーから2015年オフ、福岡ソフトバンクホークスに入団した和田毅選手にスポットを当てて紹介していきます。

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和田毅選手(ソフトバンクホークス)のプロフィール

生年月日:1981年2月21日(35歳)
出身地:島根県出雲市
身長:180センチ
体重:81キロ
左投左打
投手

プロ1年目から14勝を挙げ胴上げ投手に

早稲田大学から2002年ドラフト自由獲得枠で当時の福岡ダイエーホークスに入団。
早稲田のエースとしてリーグ春秋連覇に貢献し、大学ナンバーワン左腕と評された和田選手は入団当初から注目を集める選手でした。

新人とは思えない投球術でプロ1年目から先発ローテの一角を担い、防御率3.38/14勝5敗という成績でリーグ優勝に貢献し、日本シリーズでは日本一の掛かった第7戦に先発として完投勝利を挙げ胴上げ投手となります。

1年目からこの活躍はバケモノ級ですよねw
しかも日本シリーズという大舞台で、しかも日本一の掛かった最終戦で勝ち星を挙げれるって、その試合で1年目の新人を登板させる監督もすごいですが、その期待に応えてきっちり結果を挙げるとういうのも鉄の心臓でも持っていたんですかね~。

そして期待された2年目は和田選手といえど、いわゆる「2年目のジンクス」という言葉が付きまといます。
シーズン中は相次ぐケガに悩まされ、防御率4.35という結果に終わり、防御率に関しては今現在含めこのシーズンがプロワーストとなってしまいます。

不本意な成績に終わりながらも10勝を挙げ、先発ローテとして最低限の仕事を果たし、3年目からは再び数字を挙げていきます。
2010年には最多勝となる17勝を挙げ、翌年の2011年も16勝という高い数字を記録し、その年のオフ海外FA権を行使しメジャー挑戦を表明します。

和田毅選手のメジャーでの成績はどうだった?

いよいよメジャー挑戦1年目となった2012年はオリオールズでシーズンを迎えます。
ところがその矢先、オープン戦で左ヒジの違和感を感じ故障者リスト入りし、開幕には間に合わずマイナーで調整を続けました。

さらに不運は続き先ほどとは別の場所も故障してしまい、ついに手術に踏み切ります。
ダルビッシュ選手や松坂大輔選手も受けたトミー・ジョン手術というやつですね。

ダルビッシュ選手はこの手術を受けて見事復活を遂げましたが、松坂選手はと言うと・・・
まあそれの影響だけではないでしょうが。

手術の影響でその年のシーズンは一度も登板することなくオフを迎えます。
そして勝負の2年目、開幕こそ故障者リスト入りで迎えましたが、5月からは3Aで登板し始めます。

3Aではその年5勝6敗という結果に終わりましたが、後半戦は徐々に調子を取り戻し防御率2.03という高い数字を残しました。
しかしこの2年間メジャー昇格は1度もなくオリオールズから新天地・カブスへと移ることになります。

カブスではシーズン序盤こそ3Aで登板しますが、しっかり結果を挙げ7月にはメジャー昇格を果たし先発登板します。
いよいよメジャーデビューとなり登板した和田選手は勝敗は付かなかったもののまずまずのピッチングで終えるものの再び3Aに降格

その後も3Aとメジャーを行ったり来たりの生活が続き、翌年もケガの影響で満足した成績を挙げることができませんでした。

メジャーでの通算成績は

21試合に登板し5勝5敗/防御率3.36

という結果に終わりました。

数字だけ見ると決して成功といえる結果ではないですね。
やはりケガの影響が一番大きいと思いますが、メジャーに対応するため体重を上げたことも影響してるんですかね。

この体重を上げることで137キロから球速は148キロまで伸びています。
技巧派から一転速球派になったことで体に負担も掛かったのかもしれないですね。

それでも今シーズンの日本での活躍を見れば単純にメジャーの野球が和田選手と合わなかっただけかもしれないですね。
どちらにせよ日本球界に戻ってきてこれだけの成績を挙げているので復帰は正解だったのではないでしょうか。

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和田毅選手のストレートがすごい!

和田選手といえば先ほども球速の上がったストレートが魅力です。
自身でもストレートが生命線と言うほど自信を持っており、ストレートの球種はツーシームとフォーシームを投げわけ空振りの取れるストレートを投げます。

ノビのあるストレートはスピードガンの球速より早く感じ、打者にとってはかなり打ちにくいストレートだそうです。
ストレートで空振りを取れる選手は同じくメジャーから日本球界に復帰した藤川球児選手の火の玉ストレートも有名ですよね。

和田選手も藤川選手と同様に真っすぐとわかっていても手元でノビてくるのでストレートでも三振が取れるんでしょうね。

出身中学や浜田高校時代は?

幼少期を愛知県で育った和田選手は愛知県江南市立藤里小学校1年生のときに江南団地野球というチームで野球に出会います。

その後島根県出雲市へと引越ししてからは出雲市立第三中学校で野球を続けます。
出身中学ではどのように野球をしてたのかわかりませんでしたが、硬式シニアリーグとかに入っていたのかもしれないですね。

高校は島根県立浜田高校へ進学し、2年生と3年生のときに共にエースとして甲子園に出場しています。
2年生の時は現・ヤクルトの石川雅規選手と投げ合い、3年のときには元日本ハムファイターズの森本稀哲選手と対戦しています。

3年生のときのベスト8まで勝ち残るもその年の甲子園は松坂大輔選手一色に染まっていました。
いわゆる松坂世代と言われる和田選手にとって松坂選手はその当時は雲の上の存在だったそうです。

大会中、松坂選手と写真を撮るために声を掛けるも同級生ながら敬語でお願いしたそうです。
まあ初対面なので敬語は普通かもしれませんね。

大学に入ってからも憧れの存在だった松坂選手のフォームを参考にしたり、常に松坂選手の存在が目の前にあったそうですが、長い時を経て同じ福岡ソフトバンクホークスで1軍と2軍と立場は違えどチームメイトとして再会してるのも何かの縁を感じますね。

嫁は元タレントの仲根かすみ!子供は?

和田選手の嫁さんといえばグラビアタレントやテレビで活躍した仲根かすみさんです。
現在は芸能界を引退しているそうですが、当時はけっこうテレビ等に出ていたので和田選手と結婚されたときには大きな話題となりました。

子供は娘さんが一人いるそうです。
一人娘ということもあり和田選手も娘にデレデレなんですかね。
温厚な性格の和田選手なので子供や嫁さんにもとても優しそうですね。

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和田毅選手のまとめ

今季日本球界に戻ってきていきなり最多勝投手の活躍でソフトバンクホークスを引っ張ってきた和田毅選手を紹介してきました。
今年はベストナインにも輝きそうな成績で、来季以降の活躍が期待されます。

松坂世代と言われた選手たちも引退し始め世代交代の波が迫ってきています。
和田選手にはまだまだ現役で頑張ってもらって出来るだけ長く現役選手を続けてほしいですね。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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